【渡邊渚】6月のあの夜、「助けて」が届かない絶望を語る
【渡邊渚】6月のあの夜、「助けて」が届かない絶望を語る
配信元:主婦の暇つぶしトレンドまとめちゃんねる
「なんか表情…」「怖さというか」元フジアナ・渡邊渚〝マジ顔〟最新ショットに反響「いつもの笑顔の方が…」 …■真剣な表情を浮かべ、カメラをまっすぐに見つめた視線に 元フジテレビアナウンサーの渡邊渚が23日までに自身のインスタグラムを更新。掲載雑誌の紹介に様々な反応が起こっている。 (出典:) |
渡邊
渚(わたなべ なぎさ、1997年〈平成9年〉4月13日 – )は、日本のタレント、元フジテレビアナウンサー。現在はフリー。 新潟県阿賀野市出身で、小学2年生まで同市で過ごす。両親と妹がいる。家の周りは田んぼに囲まれ、庭にキジが来たり、クマが出たりするなど豊かな自然の中で育つ。学校帰りは友人と田…
44キロバイト (5,676 語) – 2025年2月6日 (木) 04:07
|
あの雨の日、私の心は殺されました。
元フジテレビアナウンサーの渡邊渚さん(27歳)は、“あの時”のことをそう振り返る。
’23年6月、仕事の延長線上で起きた出来事によって、渡邊さんは「PTSD」(心的外傷後ストレス障害)を発症。休職を余儀なくされ、’24年8月にフジテレビを退職した。
今年1月29日には、アナウンサー時代や療養生活中の思いなどを綴ったフォトエッセイ『透明を満たす』を上梓し、大きな反響を呼んでいる。
彼女はいま、何を思うのか――。独占インタビューに応じた。
なぜいま、書籍を出そうと思ったのか。それは、私自身の体験を記すことで、同じような苦しみを抱える人の助けになりたいと考えていたところに、ちょうどオファーをいただいたからです。再出発した昨年10月から執筆に取り掛かり、本を出版できたのが1月29日でした。
’23年6月のあの夜、恐怖で身体が動かなくなり、「助けて」が届かない絶望を知りました。身体と心が乖離し、何が起きているのかもよくわからなかった。生命の危機すら感じる出来事でした。
入院中もフラッシュバックが頻発した
以来、生活は一変。身体に力が入らず、浮遊しているように視界も揺れる。自分が自分じゃなくなっていく感覚でした。
食事も摂れなくなり、体重は9kg減って生理も止まりました。’23年7月に栄養失調で入院しましたが、入院中もフラッシュバックが頻発し、体調はどんどん悪化していった。
当時は、「早く仕事に復帰しなきゃ」という焦りもありました。病室でテレビをつけると、私の担当していた番組に別のアナウンサーが出ている。SNSを開くと、学生時代の友人が人生を謳歌している様子が溢れている。私だけが社会から取り残されているという不安で苦しみました。
元気になったとしても、戻る場所はない。やがて、誰からも忘れられる……。自分が透明人間になったような気持ちでした。
正直に告白しますが、入院して2週間が過ぎたころに、「すべてを終わらせたい」と思い、自分の身体を傷つけて死を求めてしまったこともあります。トラウマになった日と、自傷行為をした日、私は「2度死んだ」と思っています。
2月7日発売の「週刊現代」2025年2月15日号では、「トラウマと向き合った過酷なPTSDの闘病生活」や「女子アナ時代の働き方」、「殺到している誹謗中傷への思い」など、さらに詳しく渡邊さんのインタビューを掲載している。
https://gendai.media/articles/-/146451
前スレ
https://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1738896611/