
【芸能】「生理の貧困について考える男子」は本当にいるのか…ドラマ「御上先生」が示す自分の頭で考える子の育て方
【芸能】「生理の貧困について考える男子」は本当にいるのか…ドラマ「御上先生」が示す自分の頭で考える子の育て方
配信元:芸能野次馬ヤロウ
※本稿は、「TBS日曜劇場『御上先生』特別イベント~作品に込められた教育論と表現論を知る~」(2月8日、カルペ・ディエム主催)とその取材会などでのコメントを構成したものです。
■「御上先生」で描かれる日本の教育現場の大きな課題
――工藤さんが学校教育監修をしている「御上先生」に「今、教育に必要なのはバージョンアップじゃなく、リビルドすること」というセリフが出てきます。現在の教育界が抱えている問題にはどんなことがありますか?
【工藤勇一、以下・工藤】端的に言って、日本の学校教育の大きな課題は、子どもたちの「主体性」と「当事者性」が奪われていることです。現在の教育現場は「指導」に重点を置きすぎており、子どもたち自身が学ぶための「支援」の技術が不足しています。本来は「学校教育で何を与えるべきか」という考え方から、「子どもが自分から学ぶ仕組み」へと転換していく必要があります。それが「教育のリビルド」ということです。
■「主体性」と「自主性」の違い
――ドラマでは、御上先生(松坂桃李)が生徒たちに「考えて」「考えようか」と言うセリフが繰り返し出てきます。
【工藤】御上先生は深い専門性を持っていながら、生徒に「考えるのは君たち」「何が正しいかは、君たちが自分の生き方として探していくものだ」と伝えます。そこがこれまでの学園ドラマと違うところです。
「自主性」と「主体性」は、一見似ていますが、実は異なります。自主性とは、自ら進んで行動すること。例えば、勉強を進んで行うことも、親や先生の期待を忖度(そんたく)して行う場合があります。「自主性」を伸ばそうとする教育は、高度経済成長期の日本を支えてきました。
しかし、これからの社会に求められるのは、主体性です。主体性は、自分の頭で考え、行動する力。時には、先生に言われたことに疑問を持ち、別の選択をすることも含まれます。
「御上先生」の撮影開始時、主演の松坂桃李さんをはじめ、制作現場の方々に授業形式でこの話をしました。「日本の教育にはこういう課題があると知った上で演技してくれるとうれしいです」と伝えたところ、松坂さんは、「自主性と主体性の違い」を深く理解してくださいました。
■「指示待ち」の大人を作り出した日本の教育の弊害
――小学校、中学校でも「主体性」を持てるような教育はされていないということですね。
【工藤】そこがまさに問題で、リビルドすべきところです。すべての人間は、生まれながらに主体性を持っています。赤ちゃんは、親の指示を待つことなく、好奇心のままにいろいろな挑戦をします。しかし、成長するにつれ、親や教師の関わりによって、この主体性が抑えられてしまうのです。
与えられることに慣れた人間は、与えられるものの質に不満を言うようになります。今の社会では、指示されたことはできるが、自ら考えて行動することが苦手な人が増えているとたびたび言われます。こうした傾向は、子どものうちから「指示されたことをやり続ける」教育によって形成されます。結果として、職場でも無駄な会議や手続きが減らないなど、日本の労働生産性の低さにもつながっていると考えます。
■生理用品を万引きした生徒のエピソードで描かれたこと
――「御上先生」の第7話(3月2日放送)では、御上が担任を受け持った高校3年生のクラスで、困窮している女子生徒がドラッグストアで生理用品を万引きするなどし、退学処分になりました。
【工藤】5年前、私が横浜創英中学・高等学校の校長に着任する以前は、問題行動を起こした生徒は最悪の場合、退学処分にされることが一般的でした。しかし、私は「犯罪行為があっても原則として退学させない」方針に変更しました。
学校は教育の場であり、人生のやり直しのできる場であるべきです。教育の場がそれを放棄してしまったら、最悪の場合、その子の将来を閉ざすことに繋がってしまいます。
退学になった生徒が社会に反発し、さらに大きな犯罪を起こすケースは決して珍しくありません。未来の社会を担う人材を育てる場である学校が、学校の秩序を守ることを優先し過ぎた結果として、未来の社会にとって良くない事態を招いてしまうのは本末転倒です。
――現状、高校生が万引きをすると、やはり退学になってしまう例が多いようですが……。
【工藤】「御上先生」では、女子生徒が万引きをしたドラッグストアから高校の職員室に電話連絡が来ていましたね。現実には、万引きが発覚した場合、警察が最初に介入し、事情聴取され、その後に保護者に連絡となるのが一般的です。警察から学校への連絡は、青少年の健全育成を目的に全国の教育委員会や学校との間で結ばれた協定に基づいて行われますから、通常は少し時間差があるのが一般的です。
生徒の健全育成ために結んだ協定による学校への報告ですから、子どもの将来が不利にならないようにすることが条件となっているのですが、実際には、多くの高校で学校や校長の判断で退学処分が下されてしまうのが実態です。
■「個人的な問題は社会的な問題」
――「御上先生」でもナプキンを盗んだ女子が「隣徳学院の名を汚した」として理事長判断で退学を宣告されました。しかし、クラスの同級生たちが「生理の貧困」は社会問題であると訴え、退学処分撤回のための署名活動などをしました。
【工藤】日本の学校では、生徒たちが主体的に社会問題について声を上げることは珍しいことですが、欧米の学校では、日常的に見られる光景だそうです。子どもたちが幼い頃から子どもたちが「自分の意見を持つこと」が求められているからです。
――ドラマでは生理用品を買えないという「生理の貧困」について、女子生徒だけでなく、男子も深刻に考えている姿が印象的でした。
【工藤】ドラマでは「ザ・パーソナル・イズ・ポリティカル」という考え方が示されています。「社会を良くするためにどうする?」という問いを投げかける御上先生の姿勢は、これまでの学園ドラマにはなかった重要な問題提起です。
■「御上先生」のように子どもたちが自分で動くクラスは作れる
――生理というかなりセンシティブな問題についても討論する。そんな男子は現実的にはなかなかいないと思いますが、やはり、そういう意識の高さ、当事者意識はドラマならではの設定でしょうか。
【工藤】今までの通常の日本の教育を受けている生徒たちが、すぐに主体的に発言できるようなるのは難しいと思います。しかし、適切な支援・指導の下で学ぶことさえできれば、子どもたちは確実に変わることができます。事実、御上先生のような教師は日本中にたくさんいますし、そうした先生の下ではあのドラマのような子どもたちの姿を見ることができます。
こうしたことに詳しい専門家によれば、たとえ管理的な教育を受け続け、主体性を失ってしまった子どもたちでも、小学校1年生なら約1カ月、中学1年生では約1年、高校1年生なら約3年もあれば、自分で考え行動することができる姿が戻ってくると言われています。
■教育改革の理想を掲げるだけでは現実は変えられない
――子どもの主体性を大切にした教育を進めていくには、教師はどのように子どもに関わっていけばよいのでしょうか。
【工藤】御上先生は教育システムの変革を求めつつも、受験という現実も受け入れています。受験生の事情を尊重しつつ、主体的に学ぶ方法を示しています。教育改革とは、理想を語るだけでは成し得ません。現実を直視しながらも、本質を見失うことなく進めることが大切です。
ドラマの中で、生徒たちは勉強法をシェアし、主体性を取り戻していきました。その結果、クラスの成績も上がりましたね。自分の頭で考えた方が効率的で、指示されたことをこなすのは、むしろ非効率。そのことを「御上先生」は示しているのではないでしょうか。
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教育アドバイザー、元横浜創英中学・高等学校校長
1960年山形県鶴岡市生まれ。東京理科大学理学部応用数学科卒。山形県公立中学校教員、東京都公立中学校教員、東京都教育委員会、目黒区教育委員会、新宿区教育委員会教育指導課長等を経て、2014年から千代田区立麹町中学校長。2020年から横浜創英中学・高等学校校長。2024年4月より横浜創英中高アドバイザー。教育再生実行会議委員、経済産業省「未来の教室」とEdTech研究会委員等、公職を歴任。著作に『学校の「当たり前」をやめた。 生徒も教師も変わる! 公立名門中学校長の改革』(時事通信社)、『子どもが生きる力をつけるために親ができること』(かんき出版)など。
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