【ええ話や】長嶋一茂、父の教えを守り抜いた日

【ええ話や】長嶋一茂、父の教えを守り抜いた日
配信元:まいどナショー
|
長嶋一茂、父茂雄さん逝去も予定通りテレビ収録参加 周囲に気を使わせまいと気丈に振る舞い 長嶋茂雄さんの長男でタレントの長嶋一茂(59)が3日夕、コメントを発表し「長嶋茂雄は野球の星に帰りました」などと父親への思いをつづった。この日、都… (出典:yahooニュース) |
|
長嶋
一茂(ながしま かずしげ、1966年〈昭和41年〉1月26日 – )は、日本のタレント、スポーツキャスター、コメンテーター、野球評論家、モデル、俳優(活動休止中)、空手家、元プロ野球選手(内野手)、元読売ジャイアンツ野球振興アドバイザー。カトリック教徒で、洗礼名は「パウロ」。…
64キロバイト (8,712 語) – 2025年6月3日 (火) 06:02
|
長嶋茂雄さんがこの世を去ったというニュース、ほんまに日本中が驚きと悲しみに包まれましたね。
その中で息子の長嶋一茂さん(59)が見せた行動が、今、各メディアやSNSで大きな話題になってます。
一茂さんは、父・茂雄さんの訃報が伝えられた日、都内の病院からひつぎを自宅へ運ぶ際、妹の三奈さんとともに深々と頭を下げ、集まった報道陣やファンに無言で感謝の気持ちを表しました。
その後、王貞治さんら弔問客を自宅で迎え、しっかりと見送りまで務めたんです。
ここまでは親族としての務めを全うした姿やけど、さらに驚いたのはその後。
なんと一茂さん、予定を一切変更せず、都内のテレビ局で番組収録に参加したんです。
関係者によると、「周囲に気を使わせまいと、気丈に振る舞っていた」とのこと。
普通なら、身内の大切な人を亡くした直後に仕事なんて、とてもできるもんやないと思います。
でも一茂さんは、あえていつも通りの自分を貫き、周囲に余計な心配をかけたくなかったんやろうなぁ。
この姿勢、まさに“長嶋イズム”を受け継いでると言えるんちゃうでしょうか。
一茂さんはコメントで「長嶋茂雄は野球の星に帰りました」と語り、父への感謝と、支えてくれたファンや関係者への思いをしっかり伝えてはりました。
親子の私的な関係には多く触れず、あくまで“長嶋茂雄”という偉大な存在を社会的に見送る姿勢が印象的です。
プロ野球選手としてもタレントとしても、常に注目を浴びてきた一茂さん。
今回の毅然とした振る舞いは、「自分の役割を全うする」というプロ意識の高さを感じさせます。
SNSでも「一茂さん、ようやった」「親父さんの教えを守ってるな」と、称賛の声が相次いでます。
1 :2025/06/04(水) 06:57:52.24 ID:XBov4fVI9
旅立ちから約7時間後。一茂は午後1時20分ごろ、三奈さんと、都内の病院から長嶋さんのひつぎを乗せた車に同乗する形で長嶋さんの自宅に戻った。車から降りると、集まった報道陣に深々と頭を下げたが、言葉はなかった。
その後、王氏が弔問に訪れた。このときも2人はそろって王氏を自宅前まで出て見送った。夕方、一茂は都内のテレビ局に移動。当初の予定を変更することなく、収録に参加した。関係者によると、周囲に気を使わせまいと、気丈に振る舞っていたという。
一茂が父親に関するコメントを発表したのは午後4時過ぎ。「父の野球人生は誰よりも幸せな89年間だった」「長嶋茂雄は野球の星に帰りました」などと、「父」「長嶋茂雄」を使い分け、2つの目線からつづられた冷静な内容でまとめられていた。私的な親子関係については多くは触れず、父親を支えた人々への感謝の気持ちを前面に出した。
一茂は、立教高から長嶋さんと同じ立教大野球部で活躍し、1987年、ヤクルトにドラフト1位で入団。翌88年の巨人戦でのプロ初安打を本塁打で飾るなど活躍を期待された。長嶋さんが巨人の監督に復帰した93年、金銭トレードで巨人に移籍。親子で注目されたが、ケガに泣かされることが多く、96年に引退した。
引退後はタレントに転身。俳優として出演した02年公開の映画「ミスター・ルーキー」では、報知映画賞新人賞を受賞した。極真空手の選手としても活動。現在は多くのバラエティー番組にレギュラー出演する活躍を見せている。
スポーツ報知
https://news.yahoo.co.jp/articles/76e814293a4a784b04ff04ed57fc2061655ba6de

















































